キャッシュレス先進国スウェーデンに学ぶ、日本の未来

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「現金が消える国」と呼ばれるほど、キャッシュレス化が進行しているスウェーデン。その最先端の姿は、キャッシュレス決済の選択肢が多様化する日本の未来を考える上で、多くのヒントを与えてくれます。
本記事では、スウェーデン国立銀行のリスクバンク(以下「リスクバンク」という)の「Payments Report 2025」で公表されている現状を解説し、そこから日本のキャッシュレス社会がどのように変化していくのか、変化していくべきか読み解きます。最先端の事例から、私たちの生活やビジネスに与える影響を探ってみましょう。

1. スウェーデンのキャッシュレス化:現状と主流の決済手段

スウェーデンは、世界で最もキャッシュレス化が進んだ国の一つです。GDPに対する現金流通高はわずか1%台と、多くの国民が日常的に現金を使わない生活を送っています。

主流はカード決済と「Swish」

意外に思われるかもしれませんが、スウェーデンのキャッシュレス決済の主役は、今でもクレジットカードやデビットカードです。店舗での支払いのほとんどはカードで行われています。

それに加え、個人間送金では「Swish(スウィッシュ)」というアプリが絶大な人気を誇ります。このサービスは、2024年末までに、34万5,000以上の企業と約900万人の個人がSwishに接続しており、友人との割り勘など、日常生活に深く浸透しています。

また、Swishは2012年末に開始されて以来、その利用が大幅に増加し、個人間決済からEコマース、実店舗での支払いや、税金の支払いなどの公共部門への支払いにも拡大しています。さらに、中小企業を対象としたリクスバンクの調査では、カード決済に次いでSwishが現金と同様に多くの企業で受け入れられていることが示されており、これはSwishが物理的な小売業でも広く利用されていることを意味します。

現金が使えない社会の光と影

デジタル決済が電力供給やデータ通信の機能に依存しているため、大規模な障害時には支払いが困難になる脆弱性が指摘されています。そこでリクスバンクは、データ通信が途絶えた場合でもカード決済をオフラインで行えるようにする必要性を強調しており、2026年7月1日までに生活必需品の購入において最大7日間オフラインでのカード決済を可能にすることを目標としています。ノルウェーやデンマーク、バルト三国では既に同様の取り組みが進められています

またスウェーデンでは、バスや公共施設、多くの飲食店や小売店で「現金お断り」の表示が見られます。銀行店舗の多くも現金の取り扱いをやめており、社会全体が現金を使わない前提で動いています。リクスバンクの調査によると、小売店、飲食店、美容室を含む中小企業の71%が現金を受け入れているとされています。一方で、建築資材の小売ではわずか45%しか現金を受け入れておらず、業種によって大きな差が見受けられます。

不正行為への対策の強化

デジタル決済の普及に伴い、スウェーデンでは「認証詐欺」や「ソーシャルエンジニアリング」などの決済関連詐欺が大きな問題となっています。

2024年上半期には、決済サービスを通じた詐欺の被害額が10億SEK(スウェーデンクローナ)を超えました。スウェーデンの金融監督庁(Finansinspektionen)は、決済サービス提供者に対し、取引監視の強化、情報共有の改善、詐欺師のサービスからの排除、利用者による支払い制限(時間遅延や金額制限)設定機能の提供などの不正防止策を提案しています。

中央銀行デジタル通貨「e-クローナ」の模索

この急速な変化は、防犯対策やコスト削減を背景に、官民一体で推進されてきました。しかし、高齢者やデジタル機器に不慣れな人々が決済手段を持てない「デジタルデバイド」や、災害時に決済インフラが停止するリスクなど、新たな課題も浮上しているのです。

こうした課題を受け、スウェーデン国立銀行は中央銀行デジタル通貨(CBDC)である「e-クローナ」の発行を検討していました。これは、現金と同様に誰もが安全に利用できるデジタルなお金を国が提供しようという試みです。しかしリスクバンクは、e-クローナを発行する必要があるほどの「社会的ニーズが不十分である」と判断し、e-クローナの「プロジェクト」を2023年に終了しています。現在は、国際的な中央銀行デジタル通貨(CBDC)の動向、特にデジタルユーロを注視し、関連する技術的側面(例えば、オフライン決済ソリューションなど)の分析を継続しています。リクスバンクは将来的なe-クローナ導入の可能性に備える必要性があるものの、現在は大規模な「試験運用」ではなく、分析と国際的な政策動向の追跡に重点を移しています。

2. 日本のキャッシュレス化のこれから

経済産業省によると、2024年のキャッシュレス決済比率は42.8%(141.0兆円)に上昇しており、内訳は、クレジットカード82.9%、デビットカード3.1%、電子マネー4.4%、コード決済9.6%とのことです。政府目標の4割を達成し、将来的にはキャッシュレス決済比率80%を目指すとのことですので、今後もキャッシュレス化を進めていく方針です。

そのためスウェーデンの事例は、日本の未来を考える上で多くの示唆を与えてくれます。日本のキャッシュレス決済比率は年々上昇していますが、その普及モデルはスウェーデンとは異なる特徴を持っています。

日本の特徴:多様な決済手段の乱立と競争

日本の特徴は、QRコード決済、交通系ICカードなどの電子マネー、クレジットカード、デビットカードなど、多種多様な決済サービスが乱立し、激しい競争を繰り広げている点です。

  • 利用者にとってのメリット: キャンペーンなどを通じて多くの恩恵を受けられ、シーンに応じて最適な決済手段を選べる自由があります。
  • 事業者にとっての課題: 複数の決済サービスに対応するための手間やコストが発生します。利用者側も、どのサービスを使うべきか混乱する場合があります。

日本がスウェーデンから学ぶべきこと

  1. キャッシュレス化とアクセシビリティのバランス:デジタルサービスを利用できない、または利用したがらない人々が支払いに困難を抱える問題が生じないよう、誰もが支払いができる状態を確保することが重要です。
  2. 有事における決済手段の確保:日本においても、災害時や有事の際に備え、デジタル決済のオフライン機能の強化や、現金が補完的な決済手段として機能するインフラの維持・強化が重要です。
  3. 不正行為への対策の強化:日本もキャッシュレス化を進める上で、詐欺対策を最優先事項とし、利用者保護を強化する不断の努力が求められます。

日本のキャッシュレス化は、スウェーデンとは違う道を辿りながらも、着実に進んでいます。スウェーデンの経験から学び、多様性を活かしつつも、安全性、効率性、アクセシビリティの三つの側面をバランスよく追求することが重要だと言えるでしょう。


参考・出典

本記事は、以下の資料を基に作成しました。

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